【私訳】名作文学Vol.1:開いた窓(第10回)

ついに「彼ら」が帰ってきます。

ナッテル氏の静養の旅は、思いもよらぬ結末を迎えることになります。

目次

サキ『開いた窓』

“Here they are at last!” she cried. “Just in time for tea, and don’t they look as if they were muddy up to the eyes!”

「ついに帰ってきましたわ!」と彼女は叫んだ。「ちょうどお茶の時間に間に合いましたね。まあ、見てくださいな、目元まで泥だらけじゃないの!」

Framton shivered slightly and turned towards the niece with a look intended to convey sympathetic comprehension. The child was staring out through the open window with a dazed horror in her eyes. In a chill shock of nameless fear Framton swung round in his seat and looked in the same direction.

フラムトンはわずかに身震いし、「同情に満ちた理解」を伝えようという眼差しを姪に向けた。しかし、その少女は、呆然とした恐怖をその目に浮かべ、開いた窓の外をじっと見つめていた。名もなき恐怖が冷たい衝撃となって走り、フラムトンは座席で身を翻して、同じ方向を振り向いた。

In the deepening twilight three figures were walking across the lawn towards the window, they all carried guns under their arms, and one of them was additionally burdened with a white coat hung over his shoulders. A tired brown spaniel kept close at their heels. Noiselessly they neared the house, and then a hoarse young voice chanted out of the dusk: “I said, Bertie, why do you bound?”

深まりゆく黄昏の中、三つの人影が芝生を横切って窓の方へと歩いてきた。彼らは皆、脇に銃を抱え、そのうちの一人は肩に白いコートを羽織っていた。一匹の疲れた茶色のスパニエルが、彼らの足元にぴたりと寄り添っていた。彼らは音もなく家に近づき、やがて暗がりの中から、かすれた若い声が歌うように響いた。「ねえバーティ、なぜ君は跳ね回るんだい?」

Framton grabbed wildly at his stick and hat; the hall door, the gravel drive, and the front gate were dimly noted stages in his headlong retreat. A cyclist coming along the road had to run into the hedge to avoid imminent collision.

フラムトンは、むやみやたらに杖と帽子をひったくった。玄関のドア、砂利の車道、そして表門……それらは、彼の猛烈な敗走の中、かすかな記憶として残っただけの通過点だった。道をやってきた自転車乗りは、彼との衝突を避けるために生け垣に突っ込まねばならなかった。

考察ノート

1. 語彙・表現のポイント

  • Headlong retreat : 「まっしぐらな退却」「猛烈な逃走」。”Headlong”(頭から突っ込むような、向こう見ずな)という単語が、ナッテル氏のパニック状態を実に見事に描写しています。
  • Imminent collision : 「差し迫った衝突」。まさにぶつかる直前、という緊迫感を高める表現です。
  • Chanted : 「(歌うように)口ずさんだ」。ヴェラが言っていた、行方不明になった弟がいつも歌っていたというフレーズ。これがナッテル氏に「本物の幽霊だ」と確信させる決定打となります。

2. 構文・英文法のチェック

  • Look intended to convey… : 「〜を伝えようとした眼差し」。過去分詞 “intended” が “look” を後ろから修飾しています。ナッテル氏がまだ「大人の余裕」を見せようとしていた最後の瞬間です。
  • Had to run into… : 「〜に突っ込まざるを得なかった」。ナッテル氏の逃走がいかに周囲を巻き込むほど凄まじい勢いだったかを物語っています。

3. 当時の背景と皮肉

  • ホワイトコート(White coat) : ヴェラが事前に話していた「肩にかけた白いレインコート」という詳細が、ナッテル氏の視覚情報と一致します。サキは読者に「これは幽霊なのか、それとも……?」という疑念を抱かせつつ、ナッテル氏を恐怖のどん底に突き落とします。
  • 静養の皮肉 : 神経症を治すために「静かな田舎」へ来たナッテル氏が、最終的に文字通り命からがら逃げ出すという皮肉な結末(正確にはこの後、真相が明かされますが)は、本作の最大の読みどころです。

[ 権利・ポリシーについて ]

  • 私訳: 本文中の和訳および解説は、当ブログ(havefun3.com)が独自に執筆したオリジナルの著作物です。
  • 原作: Saki (H.H. Munro) ‘The Open Window’ (1914)
  • 著作権: 本作は著者の没後70年以上が経過したパブリックドメインの原文を使用しています。
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